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  • 執筆者の写真元気牧師

12月12日(火)



【聖句】


あなたがたには、キリストを信じることだけでなく、

キリストのために苦しむことも、

恵みとして与えられているのです。


(新約聖書・フィリピの信徒への手紙1章29節)



【黙想】


今朝、たまたま手にとって開いた本の言葉に引き込まれました。

もう500年以上も読み継がれいてる信仰の名著、

『キリストにならいて』の一節です。


少し長いかもしれませんが、

引用してみたいと思います。



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今、天の国を愛する人は多い。しかし、彼の十字架を担う者は少ない。、イエスの慰めを望む人は多いが、しかし苦難を望むものは少ない。すべての人が、イエスと共に喜びたいと望んでいるが、彼のために何かを忍びたいと思う者は少ない。多くの人々は、パンをさくまではイエスに従うが、受難の盃を共に飲もうとする者は少ない。彼の奇跡を敬う者は多いが、彼の十字架の恥にまで従う者は少ない。多くの人は、不幸が来ないうちはイエスを愛している。多くの人々は、何かの慰めを受けている間は、彼を賞賛し、彼を祝する。しかし、イエスが姿を隠し、しばらく彼らを離れると、彼らは不平を言うか、あるいは大いに落胆する。

しかし自分がイエスから受けた慰めのためではなく、イエスのためにイエスを愛する人は、あらゆる苦難と苦悩の時でも、あたかも慰めの絶頂にあるかのようにイエスを賛美する。たとえイエスが、彼らに一度も慰めを与えなくても、彼らは、常にイエスを賛美し、その恵みに感謝したいと望んでいる。

ああ、イエスへの愛が純粋で、自己の利益や愛が少しも混じっていない時の愛は、どれほど強力であろうか。常に慰めを求める者は、すべて雇われた人と呼ぶべきではないだろうか。常に自分の都合や利益だけを図る者は、キリストへの愛よりもむしろ、自分を愛していることを自ら示しているのではないだろうか。

イエスから受けた慰めのためではなく、

イエスのためにイエスを愛する人。


・・・とても深い言葉であると思います。


イエスさまが何かくださるから、愛する。

イエスさまが恵みをくださるから、信じる。

え?何かおかしい!?って思うかもしれません。


でも、粗野な言い方をすれば、

それは贈り物をあてにして愛する、

財産目当てて男性と結婚する、

遺産目当てて老親に優しくする、

これらと何ら変わらないのではないでしょうか。


イエスのためにイエスを愛する。

イエスさまご自身を、愛する。


そのためには、

イエスさまの恵みや、イエスさまの助けを求めるだけでなく、

もっともっと、

イエス様ご自身を慕い求めることが大切なのだと思います。


ある人は言いました。

あなたにとって大切な人っていうのは、

特別な用事がなくても、訪ねていきたくなる人、

特別な用件がなくても、話をしたくなる人、

なんでもないことでも、話せる人なんだよ、と。



胸に手をあててみる。

わたしたちは、用事があるときだけ、

イエスさまのところに行っていませんか。

イエスさまに用件があるときだけ話しかけていませんか。




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