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  • 執筆者の写真元気牧師

9月21日(木)



【聖句】


わたしたちすべてのために、

その御子をさえ惜しまず死に渡された方は、

御子と一緒にすべてのものを

わたしたちに賜らないはずがありましょうか。


(新約聖書・ローマの信徒への手紙8章32節)



【黙想】


そのとおりです。

天の父なる神様は、私たちをこの上なく愛してくださり、

その御子をさえ惜しまず死に渡されました。

「神はその独り子をお与えになったほどに」私たちを愛してくださっているのです。


その愛する御子をさえ私たちに与えてくださった方が、

私たちが祈り求めているものを与えるのを

拒まれることがありえるでしょうか。


もちろん主は、

ご自身のはかり知ることのできない御旨のゆえに

私たちが祈り願ったものを与えないというご決断をされることもあるでしょう。


しかしそれは、あなたが祈り願ったものよりもさらに良いものをあなたに与えるという

より大きな目的のためにそうなさるのです。



主は、与えることがおできになります。

主は、良いものを拒まれることのない方です。


私たちはもっと大胆に信じ、大胆に期待して、

神様に求めてよいのではないでしょうか。


神様に、小さくしか願えないというのは、

すなわち、神様を小さくしているということなのではないでしょうか。



私たちのために独り子をすら与えてくださった方に、

小さくしか願わないというのは、

祈りが聞かれなかったときの保険をかけつつ、

「神様、あなたにはこれ以上は無理ですね」

「神様、あなたには不可能ですね」と言っているのと同じくらい

神様の栄光を曇らせることなのです。


大きく祈りましょう。

祈りが、祈った通りに聞かれないとしても、

主はさらに良いことのためにあなたの祈りを用いられるのです。


「祈り願う」ことをよくわきまえ知っている使徒パウロはこう言いました。


・・・・

わたしたちの内に働く御力によって、

わたしたちが求めたり、思ったりすることすべてを、

はるかに超えてかなえることのおできになる方に、

教会により、また、キリスト・イエスによって、

栄光が世々限りなくありますように、アーメン。

(エフェソ3:20-21)

・・・・




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