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  • 執筆者の写真元気牧師

8月4日(金)




【聖句】


あなたがたの信仰と希望とは

神にかかっているのです。


(新約聖書・ペトロの手紙一1章21節)



【黙想】


人は周りを見渡して希望のカケラを集めます。

ヒト、モノ、カネ。


この人がいるから希望がある。

これがあるから大丈夫。

これだけあるから安泰だ。


もし私たちが知っている「希望」が、

私たちの周りや私自身の状況に左右されるようなものであるなら、

「それは『希望』とは呼ばないよ」と聖書はいうのです。


聖書のいうところの希望。

それは、使徒パウロの言葉を借りて言えば、

望みなきときになおも望みを抱いて信じる」ものです。


忘れもしない、私が初めて夏期伝道実習先の教会で

説教奉仕をさせていただいたときの説教題。


「望みがなくても、なお望む」

その時の中心聖句は、ローマ書4章18節でした。


アブラハムの信仰。

それは、希望するすべもなかったときに、

なおも希望をいだいて信じる信仰だったというのです。


使徒ペトロは同じことをこう言います。



 あなたがたの信仰と希望とは

 神にかかっているのです。



ほんとうにその通りです。

主イエスのご復活はまさに「望みなきときの望み」そのものですよね。


主のご復活を信じているあなたは、

今、たとえ望みが見出せなくても、なおも望むことができる。

希望を抱くことができる。


死からよみがえられた方を、

あなたは信じているのですから!



わたしは言います。

主イエスの名によって。


あなたには希望があります。

たとえ今、希望するすべがあなたになくても。

なぜなら、あなたの希望は、神にかかっているからです。








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