
【聖句】
お前たちは、立ち帰って静かにしているならば救われる。
安らかに信頼していることにこそ力がある。
(旧約・イザヤ書30章15節)
【黙想】
マルコ福音書5章のあるエピソードを思い出しました。
会堂長ヤイロが、病気で死にかかっていた12歳の娘のために主イエスのもとにやって来て足もとにひれ伏して懇願しました。
わたしの幼い娘が死にそうです。 どうか、おいでになって手を置いてやってください。 そうすれば、娘は助かり、生きるでしょう。
主イエスは彼と一緒に家に向かいました。
しかしその途中で、助けを必要としている別の女と出会うのです。
刻一刻と過ぎる時間。
やきもきするヤイロの姿が見えるようです。
やっとのことで再び道を進んでいくと、
今度はヤイロの家から人々がやってきてこう言うのです。
「お嬢さんは亡くなりました。もう、先生を煩わすには及ばないでしょう。」
呆然自失か、錯乱か。当然、ヤイロは心静かににはいられなかったでしょう。
そのヤイロに、主イエスはこのように語りかけました。
「恐れることはない。ただ信じなさい。」
兄弟姉妹、
主を信じることは、
恐れずに、ただ信じていることです。
安らかに信頼していることです。
悲しみがあっても、痛みがあっても、
「途中」で立ち止まらず、
最後まで主イエスについていくことです。
ヤイロは、最後までついていきました。
涙を流しながら、
それでも主イエスについていきました。
そして神の栄光を目撃したのです。
あなたも最後まで主イエスについていこう。
まだ「途中」なのです。
泣いているなら、まだ「途中」なのです。
クライマックスの前なのに、
主イエスの前から立ち去ってしまわないでください。
【祈り】
主よ。
あなたはなおも先へ進まれます。
「お嬢さんは亡くなりました。」
そう聞かされてもなおも先へ進まれました。
これで終わりではない、と、
このままでは終わらない、とあなたはおしゃるのです。
そしてあなたは、
死の床をよみがえりの舞台とし、
ヤイロの涙を讃美の歌に変えてくださいました。
主よ、信じます。
私の悲しみも、悲しみでは終わらないと。
私の涙も、いつか歌に変えらえると。
そのために、最後まであなたについていくことを得させてください。
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*あなたの言葉で祈りましょう。
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アーメン。
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