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  • 執筆者の写真元気牧師

2月12日(月)




【聖句】


「ザアカイ、急いで降りて来なさい。

 今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい」。


(新約聖書・ルカによる福音書19章5節)



【黙想】


昨日の礼拝説教の冒頭でご紹介した、

畑雅乃牧師の信仰の証。


ぜひ読んでいただきたいと思い、

ここに転載させていただきます。


少し長いですが、味わって読んでみてくださいね。


※もとの掲載ページURLは↓↓です。




『証し』

ルカによる福音書19章1~10節

イエスはエリコに入り、町を通っておられた。そこにザアカイという人がいた。この人は徴税人の頭で、金持ちであった。イエスがどんな人か見ようとしたが、背が低かったので、群衆に遮られて見ることができなかった。それで、イエスを見るために、走って先回りし、いちじく桑の木に登った。そこを通り過ぎようとしておられたからである。

イエスはその場所に来ると、上を見上げて言われた。「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」ザアカイは急いで降りて来て、喜んでイエスを迎えた。これを見た人たちは皆つぶやいた。「あの人は罪深い男のところに行って宿をとった。」しかし、ザアカイは立ち上がって、主に言った。「主よ、私は財産の半分を貧しい人に施します。また、だれかから何かだまし取っていたら、それを四倍にして返します。」イエスは言われた。「今日、救いがこの家を訪れた。この人もアブラハムの炬なのだから。人の子は、失われたものを捜して救うために来たのである。」

*****

私はクリスチャンホームで育ちました。私の名前の雅乃は、旧約聖書の雅歌が由来です。神さまとの結婚が謳われるこの詩において、このように神さまに愛されて私も神さまを愛する人として、この名前が付けられました。

その環境の中、神さまの導きと両親の決断によって生後5ヶ月で幼児洗礼を受けました。

私の出生時の状況は、生死の境にあるものでした。妊娠中毒症であった母は、重度の羊水過多症を患いました。

そのため母子共に出産時の生存率が50%と低く、胎児は産まれても障害を持つだろうということでした。父母は、クリスチャンであった母方の祖父母と共に、全てを主にお委ねしようと祈ったそうです。

その祈りと励ましの中、出産の時を母子共に無事に迎えることが出来ました。私も標準よりやや低体重でありましたが、心配されていた障害はありませんでした。 ですが、私は発育状態が悪かったので、母が退院した後も保育器の中で1か月入院していました。無事に出産を終えた母ですが、生んだばかりの子供と1か月も会えない日々の中で、毎日泣いて過ごしていたそうです。1ヵ月後、私は退院を迎えました。

でも発達過程に多少問題があると言われ、成人するまで標準の児より3年遅れて成長するだろうとのことでした。それでも、命が授かり無事退院できたのだからと、父母はその点において神さまに感謝 したそうです。

私は、3年遅れて成長するとの医師の宣告通り、極度の発達障害はなく中途半端に発達の遅れた子供でした。 標準よりも少し劣る子供だった私は、グレーゾーンにありました。

情緒も未発達だったので、同級生より落ち着きなく先生からはよく注意を受けました。仕方のないことですが、先生からはかなり辛辣な言葉で、注意を受けることもしばしばありました。 先生が望む行いや結果を出せない自分を腹立たしく思う日々でした。

このように先生の期待に応えられない私にとっての慰めは、小学校の養護教諭と教会学校の先生でした。

物事を同級生と同じように理解できなった私を、その発達段階の児ではなく一個人の人間として見てくれ、理解してくれました。

その中で私を励まし慰めてくれた養護教論が、海外青年協力隊で看護師として活躍されたのを聴いた時は、私もこの人のようになりたいと思いました。この先生がしてくれたように、人に理解できない寂しさの中にある人の隣人になりたいと思ったのです。でも、まだグレーゾーンにあった私のこの思いは、周りの先生からは鼻で笑われるものでした。

発達過程が他の児よりも遅い私の外見は、とても小さく、そのころ住んでいた場所においては奇異でした。ですから、障害者と言われることがありました。

その言葉を投げかけられる対象が、自分であれば気にはしませんでした。神さまが、これが完全だと私に与えてくださった体です。 人の目にどのように映ろうと、神さまのお考えによって私はこのように創造されたのですから感謝すべきだと思っていました。でも、私が障害者と指差されていることを知った母の見せた悲しげな表情と、弟が学校で障害者の兄弟と野次られているのを見た時は、心が張り裂けそうでした。

私という人間が存在しているせいで母と弟がこんなにも辛い思いをしている。

愛する家族を苦しめる自分の存在が否まれて仕方ありませんでした。

母は、忍耐力のない私に、日々忍耐をもって支えてくれました。その家族を私という存在が苦しめている。

なぜ私のようなものが、存在していているのかが分からなくなりました。人々から不要だと言われているばかりでなく、存在が人を傷つけていると思い込み始めていました。自分を、世間から忌み嫌われた存在のように感じ始め、自分の存在理由を神さまに問う日々でした。

そのような時に、ルカによる福音書のザアカイの説教を教会学校で聴いたのです。

世襲制度により徴税人となったザアカイ。

徴税人は、ローマ帝国に税金を払うために税を回収します。 ですが、その回収額以上の額を市民に請求し、上乗せした額を全て自分の懐に入れていました。そのように徴税人たちは、生業を立てていました。そのため、ザアカイは人々に疎まれ嫌われていました。ザアカイも私と同じように、人から必要とされない状況にある人だと思いました。自分が不要だと感じるのは、それだけで孤独です。

自分の存在理由が分からない私の孤独と、ザアカイの孤独の種類は少し違うかもしれませんが、同じ深い闇にいる人間として共感したのです。ザアカイは、人々に遮られてイエスさまを見ることが出来ませんでした。イエスさまを見ることの出来るようにと、誰もザアカイのために道を開けてはくれなかったのです。

ザアカイは、イエスさまを一目見たくて、いちじくの木の上に登り、そこから道を覗き込んだのです。ザアカイがイエスさまに対して、興味本位だけで木にまで登って歩かれる道を覗いたのか、助けを求めて覗いたのかは、はっきりしません。

それでも、ザアカイはイエスさまと、劇的な出会いをします。イエスさまは、ザアカイに目を留めて上を見上げて言われました。 「ザアカイ、急いで降りて来なさい。今日は、ぜひあなたの家に泊まりたい。」

世間の人から嫌われ必要とされていないと思っていたザアカイに、イエスさまがこのように声をかけてくださったのです。周りの人たちと同じように分け隔てなく平等にザアカイを愛してくださったのです。

その声は、その時の説教を聴いていた私にもかけられました。

深い闇の底にいた私を、イエスさまの手が差し伸べられたようでした。その語りかけによって、ザアカイも私も暗闇から引き揚げられたのです。

人の価値判断で自分を判断するのではなく、神の御子であるイエスさまの判断に従えばよいのだと気付かされました。

私たちの人生は私たちに委ねられていますが、全ての主権は神さまあります。

イエスさまの言葉によって引き揚げられた時に、私は自分を不要であると判断することも、罪なのだと気付かされたのです。

生も死も神さまの手の内に在ります。生かされているのは、神さまが私を必要だとされているのです。 自分勝手な思い込みで、人生をつまらないものにしようとしていた自分がとても恥ずかしくなりました。

人が神さまを見ないことは、このような罪に陥ってしまうことなのだと感じました。

神さまに必要とされていることに気が付いたことで、生かされている限り喜んで生きようと思いました。このように、引き揚げてくださったイエスさまの恵みにただただ感謝する気持ちと、神さまにずっと繋がっていたいという気持ちで16歳の時に信仰告白をしました。

私も長い間グレーゾーンにありましたが、成長と共に少しずつ学ぶ意欲が与えられ始められました。

その中で、神さまと人との役に立てる働きをしたいと考えた時、幼い頃に出会った養護教員のことを再び思い出したのです。

看護師として、少しでも役立てたらという思いからその進路に進みました。 私は、そのような経過で看護師として働き始めました。

看護師になって感じたことは、人の役に立てるという気持ちよりも、沢山の方々に助けられて働かせてもらっているということでした。 患者さんから、他のスッタフから励まされつつ助けられて、お互いの相互関係において仕事は成立していました。

傲慢さの中には、効果的なケアの提供もより良い情報提供もありません。

その関係の中において、常に自分の傲慢さが砕かれますが、その都度良き関係が再構築できました。

そのような関係の中で、死と向かい合う患者さんに対しては多くを考えさせられました。

告知を受けずに入院された患者さんでも、日々弱っていく体力と強まる痛みに対して不信感を抱きます。自分は余命いくばくもないのではないか、というその不信感が不安を募らせます。

その不安が、夜の漆黒の闇において増長するのです。

昼間には、あまり鳴らされることのないナースコールも夜の闇が深まるにつれ、頻回となります。

痛みや苦しさと言った身体的緊急を要する用件は少ないのですが、傍らにいて話をしてほしい、暫くいて体を擦っていてほしい等の心理的要求の用件が多くを占めていました。

また、クリスチャンであっても死を間近にした時は、不安を募らせてしまうことありました。

それほどまでに死は、人を不安と先の見えないような恐怖に落とします。

でも、多くのクリスチャンは教会の祈りにおいて日々を励まされ支えられていました。そして、死を恐怖や不安ではなく、全てを神さまに委ねるという穏やかな気持ちの内に、迎えられているようでした。

私たち人間は、どこかで必ず自分本位になってしまう、拭い切ることのできない罪があると思います。

その拭い切ることのできない欠けた私たちの罪を、神さまに赦してもらうため、イエスさまは自らを生け贄とされて十字架につけられました。 そして、私たち人間の罪の罰としてあった死に対しても打ち勝つことができるようにしてくださいました。

イエスさまは、私たちが落ちる黄泉に先に降りられて、そこから復活してくださったのです。

クリスチャンは、黄泉に落ちてもイエスさまがそこから天へと上がる道を、私たちのために拓いてくださったことを知っています。

そして、私は、自分を闇から引き上げてくださったイエスさまを知っています。その事実にクリスチャンは、心から感謝をします。その感謝が喜びとなって、改めて自分自身を見つめるのです。自分自身と向かい合い、イエスさまに出会ったときには、悔い改めが出てきます。

私たちは、神さまに悔い改めて祈るのです。クリスチャンはその祈りと教会での礼拝の中で、神さまとイエスさまが確かにおられることを知るのです。その教会という共同体の祈りが、死を目前とした人をも神さまの平 安へと招いていく手助けとなります。

そのような中でクリスチャンは、死に打ち勝ったイエス・キリストを想起して、死を恐怖ではなく、乗り越えられるものとして受け入れているのです。

しかし、イエスさまのそのような勝利を知らなければ、人は夜の闇の中で死への不安と恐怖に戦くだけです。そのような患者さんを前に、イエスさまなら確実に引き上げることが出来るのにと思いました。

深い闇から、引き上げられる事実に気付かないことで襲う不安。その不安の日々を見過ごしにはできないと思いました。

歴史上に人として来てくださったイエスさまが、私たち人のために成してくださったことは、人では成し得ないことです。

私たち人間は神さまの愛のなかにあって、そこに気が付くことで取り除かれていく不安や恐怖が多くあります。神さまの愛の中にあることに気が付くことが信仰です。

この意味の重要性を伝えることが、この状況を知る私に与えられている使命なのではないかと思いました。

幼い時にいたあの闇に届いた一筋の光、そこから引き上げられた時の感動。それが、私の原動力となっています。闇にある方々に、その一筋の光である御言葉を語るという働きを通してイエスさまに用いていただきたいと思ったのです。そして、私は牧師を目指 して東京神学大学に入学しました。

入学後、私が闇の中にいた経験をも、神さまの確かな導きと慈しみの中に導かれるためのご計画の一端だったのだと確信させられました。そして、牧師になりたいと決断したのは私ではなく、弱く欠けのだらけの私を、神さまは御用のためにこのように導いてくださっているのだと日々思わされるのです。

このように、神さまに日々を支えられ、励まされ力強くされる生き方を示されていることにただ感謝するばかりです。


畑先生は4月からお隣の鳥羽教会に来られます。

すべてが導かれるように祈りましょうね。

















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