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  • 執筆者の写真元気牧師

12月28日(木)




【聖句】


あなたは、兄弟の目にあるおがくずは見えるのに、

なぜ自分の目の中の丸太に気付かないのか。


(新約聖書・マタイによる福音書7章3,4節)



【黙想】


何かの本で目にした言葉を思い出します。


・・・・

他人の行動が許せないときは、

自分の中に大きなストレスがあるときです。

・・・・


なるほどなあ~、と思います。


まあ信仰的には、

「自分の中に大きな罪があるときです」と言ったほうがいいでしょうね。


自分の中に罪がある。

自分でも自覚できていない罪か、

自覚しているけれども処理できていない、

主に告白していない罪が残っている。


そのとき私たちは、

赦すことができなくなるのです。


赦すことができない。

それは、握りこぶしほどの石をずっと持っているようなものです。

相手に投げてやりたいと思う裁きの石を。


でも、相手に石を投げられない。

だからその石はあなたが持っていることになる。


たとえ片手に収まるような石であっても、

ずっと持ち続けていればあなたの手はいずれ悲鳴をあげます。


心もそれと同じです。



もちろん、悪いのは相手かもしれない。

でも、赦すのは相手次第ではなく、自分次第です。


人を赦せないときは、

やっぱり自分の心の中に何かあるのです。


人にやさしくなれないときは、

やっぱり自分の心が荒んでいるのです。


自分の心って、案外、自分でもわからないもの。

家の大掃除も大切ですが、心の棚卸も結構大切。


ためこんでいますから。きっと、いろいろ。



あと、もう一つ。

人のことをゆるせない人は、

自分自身のことも赦せていないことが多いですよ。


自分自身との「人間関係」も大切に。



そしてすべての根底には、

「神様と私の関係」があります。


神様のとの関係がちゃあんとしていたら、

あとのことはぜったい、大丈夫なのです。




【お知らせ】

12/29~1/3まで、日々の聖句の配信をお休みさせていただきます。


私自身、普段より少しゆとりをもって聖書を読む日々を過ごせたらと願っています。

皆さんも、良いお年をお迎えくださいね。


元旦礼拝は、元日中にYouTubeに公開するつもりです。

どうぞご視聴くださいね。







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