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  • 執筆者の写真元気牧師

12月27日(水)



【聖句】


彼らはひれ伏して幼子を拝み、

宝の箱を開けて、黄金、乳香、没薬を贈り物として献げた。

(新約聖書・マタイによる福音書2章11節)



【黙想】


遠くの東から らくだにまたがって

旅する博士 ようやくユダヤの地

み空にかがやいた 星の光の

ふしぎなみちびきで うれしいしらせ

もつやく乳香と こがねのたからもの

主イエスにささげ 祝いのしるしです♪


これは山田教会の小学生の子どもたちが、

降誕劇でうたう歌の一つ。


他の歌とはなんだか少し雰囲気が違う、

子どもの歌らしからぬ哀愁の漂う讃美歌です。


気が遠くなるほどの長旅をへて

ベツレヘムの馬小屋に到着した東方の三博士たち。


彼らは人生のすべてを捧げるようにして

ユダヤの地に生まれたメシアを目指す旅に出て、

文字通りすべてを捧げてメシアを拝したのでした。


子どもたちの劇では、三人の博士たちが一人ずつ前に出て

恭しく飼い葉おけの乳飲み子の前にひれ伏すのですが、

その「ひれ伏す」姿たるや、まさに「平伏」そのもの。

地面におでこをこすりつけるようにして

低く小さくなる姿は、

本来あるべき「礼拝」の姿勢を思わされます。


そしてその姿には、不思議な満足感と平安が漂っているのです。


小島誠志牧師の聖句断想の中に、

次のような言葉がありました。


・・・・・

三人の博士たちは、自分たちの持っている最も大切なものをささげるために、遠い旅をして救い主のところに来ました。そしてささげたら、安心して帰っていきました。


人の生涯の旅も、そういうものではないかと思います。


一番大切なものを、ささげるべき方にささげ切って、初めて安らいで立ち去ることができるのです。

・・・・・



アーメンです。


手放して、ささげる、ささげきることが、平安を生むのです。

頑張って握りしめるところには、平安は生まれません。



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