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  • 執筆者の写真元気牧師

12月19日(火)



【聖句】


わたしたちの戦いの武器は肉のものではなく、
神に由来する力であって要塞も破壊するに足ります。

(新約聖書・コリントの信徒への手紙二10章4節)



【黙想】


この言葉の直前で、

使徒パウロは次のように記しています。


・・・・

わたしたちは肉において歩んでいますが、

肉に従って戦うのではありません。(10:3)

・・・・


肉。

この肉体、この弱く、限界があり、

弱り、傷つき、疲れる体。


私たちはこの肉をまとい、

この肉を抱えて生きています。


そして、それゆえに、信仰生活もまた、

この肉の力でやろうとしてしまう。


頑張ってしまう。頑張り過ぎてしまう。

「頑張ります!」と言ってしまう。


しかし頑張れば頑張るほどに、

私たちは、信仰の真髄から遠ざかっていくのです。


・・・・

わたしたちの戦いの武器は肉のものではなく、
神に由来する力―。

・・・・


パウロはこのように語ります。


・・・・

わたしたちは、このような宝を土の器に納めています。

この並外れて偉大な力が神のものであって、

わたしたちから出たものでないことが

明らかになるために。(4:7)

・・・・


土の器。肉の体。

しかし、そこに神に由来する力、

神から出た力が宿る。

並外れて偉大な力が。



自分の肉の力で信仰生活を頑張るクリスチャンのことを、

ある人はエレベータークリスチャンと言っています。

登ったり、くだったり。波がある。


確かに私たちは、

肉において歩んでいます。

しかし、肉に従って戦う必要はないのです。


「頑張れ、頑張れ!」

「あの人みたいに!」

「こんなんじゃだめだ!もっと!」


私達の肉に鞭を打つような言葉は、

神に由来するものではなく、

ほとんど悪魔に由来するものです。


私たちはむしろ、

握りしめている手をほどき、

固いしわの寄った眉間を緩めて、

♪主われを愛す~と歌い始めたらいい。


どうしても肩に力が入ってしまうときは、

教会学校の礼拝に、

幼稚科の礼拝に、出させてもらったらいい。



信仰の戦いには、

肉の力はまったく役に立たないのです。




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