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  • 執筆者の写真元気牧師

1月17日(水)



【聖句】


わたしは主。あなたをいやす者である。


(旧約聖書・出エジプト記15章26節)新改訳



【黙想】


主はあなたを癒す方です。

心を、体を。


私たちは「いやし」を必要としています。

しかし私たちは、その「いやし」を求めて

「あなたをいやす者である」と言われる方ではないところに行き、

「あなたをいやす者である」と言われる方がくださるのではない癒しを得ようとします。


もちろん、健康に悪いことや、

倫理道徳的におとがめのない癒しであれば、問題はないでしょう。


けれども私たちは、

胸に手をあてて、あらためて思い巡らしたいと思うのです。



なぜ私は、主なる神様に「癒し」を求めないのだろうか、と。



教会で神さまを礼拝することや、

個人的に祈ること、讃美すること、

聖書を読んだり、信仰書を開いたりすること、

これらのことが「仕事」のようになっていないでしょうか。


しなければいけない義務のような、

嫌だけれどもこなさなければいけないノルマのような、

そんな重荷になっていないでしょうか。


極端に言えば、礼拝すること、

祈ることが、あなたの「ストレス」になっていないでしょうか。



もしそうなってしまっているかも、と思うなら、

サタンはそんなあなたを見ながら今日もうまい酒を飲んでいるでしょう。


兄弟姉妹、

主はあなたを癒す方なのです。


何を祈ろう、どうしよう、なんて

ガチガチに肩に力が入っているのはなぜですか。


まるで何年もあっていない父親に会いに行くように

緊張しているのは、どこか気が進まないのはどうしてですか。


主はあなたを癒す方なのです。

癒してあげたいと願っていてくださる方なのです。



二つのことを申し上げます。


一つ目。

主が癒し主であるということを知るためには、

主と親しい関係を築くことが大切です。


難しいことではなく、

まずはたった一つのことからはじめてください。


それは、「毎日祈ること」です。

あるいは「頻繁に祈ること」と言い換えてもいいでしょう。


長く、立派な祈りをしようとしないでください。


とにかく、日ごとに、神様に語り掛けてください。


朝、家を出て寒かったら、

「イエスさま、今日、寒いです~」と。

無くしたと思ったスマホが洗面台にあったら、

「主よ、感謝します!」と。


こんなこと言う牧師はあまりいないかもしれませんが、

でも、やってみてください。



二つ目。

「癒し」を祈ってください。


私たちは「癒し」はお医者さんとか、温泉とか、

そういう人やものの専売特許のように思い込んでいるかもしれません。


でも本当の癒しは、主にあります。


癒しが必要なとき、

それが心にであれ、肉体にであれ、祈ってみるのです。


「『わたしはあなたをいやす者』であるとおっしゃった主よ、

どうか癒してください」と。




難しく考えず、

やってみてください。



この記事を読んでくださった方のうち、

一人でもいい、実践してくださるとうれしいです。






















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